【 Life of props 】 * 【 props 】 とは
【 陶芸工房 弁華別 ほたる窯 】 で制作している製品ブランドです。
04/04
2025
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05/22
2015
そもそも、余市の赤い土とは・・・
下記の二つのリンクを見ていただければと思う。
余市にブドウ狩り & 土採取
http://blog.livedoor.jp/kitanohotaruya_-hotarugama/?p=23
出番を待つ陶芸材料と、ガストーチによる焼成テスト
http://blog.livedoor.jp/kitanohotaruya_-hotarugama/?p=22
余市周辺には、古代文字が刻まれた「フゴッペ洞窟」や
「西崎山環状列石」「忍路環状列石」などいくつかの環状列石があり
古代人の生活もうかがい知ることができる土器類が多数発掘されている。
この周辺で発掘された土器類の殆どが赤いレンガ色をしており
その形状は「縄文式土器」そのものである。
また、「西崎山環状列石」周辺、数十キロにわたって
この赤い土を採取することができる。
この種類の赤いレンガ色の土はどこにでもあるものではなく
日本国内でも少ない地域に限られ、極めて希少なものであるらしいが
当別から江別にかけて筋状に存在し
「江別煉瓦」の製造にも利用され、サッポロビール工場の煉瓦としても使用された。
余市周辺では、小高い丘の上などに大量に埋蔵されており
硅砂や石英などの細かな粒子を多く含んでいる。
この赤い色は、「弁柄」と呼ばれる酸化鉄の含有率が非常に多いためだろうと考えられるが
高温焼成すると、火が当たる部分は赤く、当たらない部分は白くなる。
この赤い酸化鉄の割合は極めて多く、非常に微粒子なため
湿った状態で放置しておくと、固く締まり、根に力の無い植物などが生えにくい。
3年前に採取し、水簸、練り込み、乾燥、熟成など
色んな方法で保存しておいた土を
2015年4月から揉みを繰り返したのち、作陶に利用してみた。
採取したばかりの頃には、揉んでもポロポロとして可塑性が低かったが
熟成したことで、今ではろくろでも作陶が可能となった。
以前は、乾燥中のひび割れも多かったが
熟成と練りを繰り返したことで収縮率が均一になったと思われ
今は、ひび割れもなくなった。
焼成温度について、写真の物は800℃の素焼きを行ったもので
この温度は、太古の昔に、野焼きにて作られた縄文式土器とほぼ同じ温度である。
また、この土による1230℃の高温焼成と、釉がけを、以前に試しているが
通常の陶芸用粘土との違いは殆ど無く
ある程度の製錬を行えば一般の陶芸粘土として扱うことができることがわかった。
余市湾の波の音を聞きながら
この土のある高台で、土を掘り、土を練り、野焼きを繰り返した古代人は
焼き上がった器を大切に抱きしめてフゴッペまで歩いたことだろう。
この周辺では、海岸線に別の遺跡も見つかっており
そこでは煮炊きもされていたようである。
また、小樽市手宮洞窟やフゴッペ洞窟では
古代文字や縄文式土器の他に、鉄器なども見つかっている。
鉄の製錬には1500℃以上の溶鉱炉が必要となることから
この鉄器は、余市で製錬したものではなく
交易などによって別の地域から入手したとも考えられる。
そんな古代人に思いを馳せて
土を練り、ろくろを回し、電気窯で焼いてみる。
1600年という時の流れは
人の営みをさほど変えていないのかもしれない。
下記の二つのリンクを見ていただければと思う。
余市にブドウ狩り & 土採取
http://blog.livedoor.jp/kitanohotaruya_-hotarugama/?p=23
出番を待つ陶芸材料と、ガストーチによる焼成テスト
http://blog.livedoor.jp/kitanohotaruya_-hotarugama/?p=22
余市周辺には、古代文字が刻まれた「フゴッペ洞窟」や
「西崎山環状列石」「忍路環状列石」などいくつかの環状列石があり
古代人の生活もうかがい知ることができる土器類が多数発掘されている。
この周辺で発掘された土器類の殆どが赤いレンガ色をしており
その形状は「縄文式土器」そのものである。
また、「西崎山環状列石」周辺、数十キロにわたって
この赤い土を採取することができる。
この種類の赤いレンガ色の土はどこにでもあるものではなく
日本国内でも少ない地域に限られ、極めて希少なものであるらしいが
当別から江別にかけて筋状に存在し
「江別煉瓦」の製造にも利用され、サッポロビール工場の煉瓦としても使用された。
余市周辺では、小高い丘の上などに大量に埋蔵されており
硅砂や石英などの細かな粒子を多く含んでいる。
この赤い色は、「弁柄」と呼ばれる酸化鉄の含有率が非常に多いためだろうと考えられるが
高温焼成すると、火が当たる部分は赤く、当たらない部分は白くなる。
この赤い酸化鉄の割合は極めて多く、非常に微粒子なため
湿った状態で放置しておくと、固く締まり、根に力の無い植物などが生えにくい。
3年前に採取し、水簸、練り込み、乾燥、熟成など
色んな方法で保存しておいた土を
2015年4月から揉みを繰り返したのち、作陶に利用してみた。
採取したばかりの頃には、揉んでもポロポロとして可塑性が低かったが
熟成したことで、今ではろくろでも作陶が可能となった。
以前は、乾燥中のひび割れも多かったが
熟成と練りを繰り返したことで収縮率が均一になったと思われ
今は、ひび割れもなくなった。
焼成温度について、写真の物は800℃の素焼きを行ったもので
この温度は、太古の昔に、野焼きにて作られた縄文式土器とほぼ同じ温度である。
また、この土による1230℃の高温焼成と、釉がけを、以前に試しているが
通常の陶芸用粘土との違いは殆ど無く
ある程度の製錬を行えば一般の陶芸粘土として扱うことができることがわかった。
余市湾の波の音を聞きながら
この土のある高台で、土を掘り、土を練り、野焼きを繰り返した古代人は
焼き上がった器を大切に抱きしめてフゴッペまで歩いたことだろう。
この周辺では、海岸線に別の遺跡も見つかっており
そこでは煮炊きもされていたようである。
また、小樽市手宮洞窟やフゴッペ洞窟では
古代文字や縄文式土器の他に、鉄器なども見つかっている。
鉄の製錬には1500℃以上の溶鉱炉が必要となることから
この鉄器は、余市で製錬したものではなく
交易などによって別の地域から入手したとも考えられる。
そんな古代人に思いを馳せて
土を練り、ろくろを回し、電気窯で焼いてみる。
1600年という時の流れは
人の営みをさほど変えていないのかもしれない。
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